この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)2000年12月号

文科系のための科学講座

薬理学編

【12】

二重盲検比較試験

 薬が有効であるかどうかを確かめるために、最も素朴な方法としては、薬を投与してみて患者の病気が治ったから、よって有効であるという論法がある。しかし、この方法では、本当に薬が効いて治ったのかどうかは分からない。同じような状態の患者に、薬を飲ませた場合と飲ませなかった場合を比較して、飲ませた方が結果が良ければ、薬が効いたと言えそうである。しかしそれでも、薬を飲んだ患者と飲まなかった患者の間では、心理的影響などによって結果に偏りがでることが知られている。医師の側でも、どの患者に薬を飲ませたかを知っていると、結果の評価に偏りがでる。

 そこで臨床試験では、実際に試験する薬(被験薬)とまったく同じ外見をした偽の薬(プラセボ)を用意して、患者に投与する。これが、プラセボ対照試験である。

 また実薬対照試験といって、すでに有効性が確立されている薬(標準薬)を対照薬とし、その薬と少なくとも同等の有効性を持つことを検証する試験も行われている。その場合でも、対照薬とされる標準薬は、被験薬とまったく同じ外見のものが用意される。

 このようにして、被験者がどちらの薬を投与されているか分からないようにすることを、盲検化という。医師はどちらの薬であるか知っていて、患者にのみ知らせないという単純盲検法もあるが、現在の臨床試験のやり方では、患者だけでなく投与する側の医師や、データ解析者などその他の治験参加者にも知らせないという、二重盲検法による試験が行われている。

 多くの場合、多数の患者を2つの群に分け、一方の群には被験薬、他方の群には対照薬を投与するという、群間比較法で試験が行われる。また、クロスオーバー法といって、同じ患者に一時期は対照薬を投与し、別の時期に被験薬を投与するという方法もある。たいてい、試験の前半に対照薬を投与された患者には、後半に被験薬を投与し、前半に被験薬を投与された患者には、後半に対照薬を投与する。

 患者を群に割り付けるときにも、一定の方法を定めておかないと、群間に偏りが生じて、結果が不正確になるおそれがある。できるだけ偏りがないようにするため、患者をランダムに処置群または対照群に割り付けることを、無作為化という。臨床試験結果の解析では、治療の効果を解析する前に、患者背景に偏りのない割り付けが達成されたかどうかが、まず検討される。

 客観的な試験結果をだすために必要となる多数の患者を、1つの医療機関で集めることは難しいので、臨床試験の多くは多施設共同で実施されている。治験結果を報告する論文には、以上のような試験デザインを反映して、「○○薬の多施設無作為化二重盲検プラセボ対照試験」といった題名がよく付けられている。

 臨床試験で患者への投与が終了したなら、個々の患者で得られた結果を集めて統計的に分析することにより、試験結果の判定が行われる。

 個々の患者の治療結果は、臨床検査値や、症状を評価する尺度といった数値で表されることもある。全般改善度(著明改善、中等度改善、軽度改善、不変、悪化)や、有用性(著明に有用、中等度に有用、軽度に有用、どちらともいえない、好ましくない)のように、不連続な評価尺度も用いられる。

 たんに良い結果が多いから有効であるように見えるというのでは、もちろん客観性に欠ける。良い結果がどのくらい多いのかを、数量で表す必要がある。また、良い結果が多かったという事実が、偶然の産物なのか、薬の本当の効果によるものなのかを、数値で見分けなくてはならない。そのために、種々の統計的検定法が用いられる。どの検定法でも基本的には、試験で得られた結果が偶然によるものであるという確率が、どれだけであるかを計算する。この確率がある水準より小さければ、結果は「統計的に有意」とされ、偶然ではなく本当の効果であると判断される。よく用いられる検定法を4つだけ紹介する。

 対応のあるt検定――投与の前と後を比較して、数値に差があるかどうかを検定する。

 対応のないt検定――処置群と対照群を比較して、数値に差があるかどうかを検定する。

 χ2検定――不連続な尺度(副作用の有無など)で表されたデータを、群間で比較する。

 U検定――不連続だが順序のある尺度(有用性など)で表されたデータや、連続量のデータを群間で比較する。

 臨床試験は、客観的に、国際的にも認められる方法により実施されなくてはならない。被験者の人権が守られることも、保証されなくてはならない。そのため臨床試験に関わる業務の実施手順や、作成すべき書類の種類と内容は、法律やガイドラインによって事細かに規定されている。臨床試験には治験依頼者、患者、治験を実施する医師(治験責任医師・治験分担医師)のほかにも、治験審査委員会、治験薬管理者、治験事務局、治験コーディネータ、独立データモニタリング委員会(効果安全性評価委員会)、監査担当者など多くの人々が、それぞれの立場から参加している。

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