この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)2000年10月号

文科系のための科学講座

薬理学編

【10】

新薬の開発――有効性と安全性

 新しい薬は、厚生省(アメリカなら食品医薬品局:FDA)から医薬品としての発売を許可されてはじめて、一般の治療に使用できるものとなる。許可されるためには、さまざまな試験によって、薬の有効性と安全性が確立されなくてはならない。そのようにして新薬を開発するためにかかる費用は、1つの薬につき100億円とも150億円とも言われている。開発にかかる期間は、十数年である。

 医薬品開発の過程は、大まかに言うと、まず非臨床試験をやってから、臨床試験に進むという流れになっている。

 非臨床試験は、「人を対象としない生物医学的試験およびその他の試験」と定義される。「前臨床試験」と総称される一般薬理試験、薬効薬理試験、安全性試験(毒性試験)、薬物動態試験が含まれる。これらは臨床試験を開始する前に、薬を動物に投与して、薬効と安全性を確認するための試験である。また「物理化学的性質」の試験(元素分析や化学構造式の規格と試験方法など)と「原薬・製剤の安定性試験」も、非臨床試験に含まれる。

●一般薬理試験

 薬の作用を幅広く把握するために行われる。薬には対象疾患の治療に関連した「薬効薬理作用」の他にも、いろいろな作用があるため、どれだけの用量を投与すればどのような作用が現れるか、どんな副作用が予測されるかといった問題を明確にする必要がある。代表的な試験項目としては、(1)一般症状、(2)中枢神経系および体性神経系に対する作用、(3)循環器・呼吸器に対する作用、(4)自律神経系に対する作用、(5)水および電解質代謝に対する作用、(6)消化器系に対する作用、(7)摘出平滑筋に対する作用、(8)その他の作用などが検討される。

●薬効薬理試験

 対象疾患の治療に関連した薬理作用を確かめる試験である。薬効薬理試験では、一般薬理試験より低用量あるいは低濃度の薬を投与しながら、用量によって作用がどう変化するかという「用量反応性」が検討される。また、通常の動物のほかに、人工的に病気の状態を作り出した病態モデル動物への投与も行われる。たとえば糖尿病ラット、高血圧自然発症ラット、腎障害モデルラットなどが用いられる。実際に行われる試験の種類は、開発される薬の種類によって多彩である。

●安全性試験

 一般毒性試験として、単回投与毒性試験(急性毒性試験)と反復投与毒性試験(亜急性・慢性毒性試験)が行われる。

 単回投与毒性試験では、動物に薬を1回だけ投与して2週間ほど観察し、死亡、一般状態、毒性徴候の種類、経過、可逆性などを調べる。

 反復投与毒性試験では、臨床で使用される期間の数倍にあたる1カ月、3カ月、あるいは6カ月以上にわたる投与を行う。どれだけの用量で反復投与すれば毒性が現れるか、どのような毒性が現れるかを調べる。また、毒性変化の可逆性を調べるための回復試験も行われる。

 さらに、特殊毒性試験とよばれる次のような試験も行われる。

 生殖発生毒性試験では、生殖と発生に対する薬の影響を、(1)受胎能と着床までの初期胚発生、(2)出生前と出生後の発生と母体機能、(3)胚・胎児発生に分けて検討する。

 変異原性試験では、薬によって突然変異が引き起こされるかどうかを調べる。細菌を用いる復帰突然変異試験、培養細胞での染色体異常試験、マウスに投与して染色体異常を調べる小核試験などがある。

 がん原性試験では、薬を投与された動物に発生する腫瘍を調べる。

 皮膚感作性試験と皮膚光感作性試験は、外用薬として用いる薬の皮膚感作性を調べる。

 依存性試験では、中枢神経系に作用する薬の身体依存性・精神依存性を調べる。

●薬物動態試験

 薬物動態試験は、人を対象にした臨床薬理試験として行われる部分もあるが、非臨床試験としては、放射性炭素などで標識した薬を動物に投与し、未変化体と代謝物の吸収、分布、代謝、排泄(ADME)を検討する試験が行われる。

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