この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1999年12月号

文科系のための科学講座

環境科学編

【12】

汚染を測る(4)

 機器分析には、前述の他にも、それぞれに原理の異なるたくさんの方法がある。まず、原子吸光光度法、炎光光度分析といった、原子スペクトル分析と総称される方法を紹介したい。

 原子吸光光度法。高温になった原子は特定の波長の光を吸収するため、光のスペクトルをみると原子の種類ごとに特有の吸光線(フラウンホーファー線)が現れる。詳しく言うと、原子には基底状態と、エネルギーの高い何段階かの励起状態があり、状態の間を移り変わるときに、エネルギーの差に応じた波長の光が放出されたり吸収されたりする。原子吸光光度法は、そのことを利用して、原子による光吸収の量を測る分析法である。原子吸光光度計は、試料を原子化する方法によって数種類に分かれるが、フレーム原子吸光光度計では、測定する物質をガスの炎(フレームという)の中に導いて原子化する。そこへ光源からの光を当てて、通過した光を分光器に入れる。測光された信号は、ノイズ除去などの複雑な回路を経て指示計に表示される。有害重金属の分析などで、目的とする金属原子の吸光をじかに測定する。

 炎光光度分析。輝線スペクトルを測定する。すなわち、金属化合物を加熱したときに、熱励起状態の原子やイオンになった金属から発せられる光を測定する方法である。

 アーク放電、スパーク放電、プラズマ放電などによって金属を励起してスペクトルを得る発光分光分析法も、原理的にこれと似た機器分析法である。原子ではなく分子を発光させて測定する化学発光式分析計、原子や分子の蛍光を測定する蛍光光度計、蛍光分光光度計もある。

 質量分析計(MS)。質量スペクトルというものを測定することによって、化合物を分析する装置である。試料は、この装置のイオン源という部分に導入されると、まず電子衝撃(あるいはプラズマ、レーザーなど)によって分子イオンにされ(一部は分解されてフラグメントイオンになる)、電場によって加速されてから、質量分析部に飛び込まされる(装置内部は真空になっている)。質量分析部には強力な磁場がかかっているため、電荷を帯びたイオンは磁場によって飛ぶ方向を変えられる。電荷の大きいイオンほど向きが曲がりやすく、質量の大きいイオンほど磁場を受けても直進しようとする。そこで、ある強さの磁場が加わっているときに、検出部のスリットを抜けてコレクタに到達するイオンは、ある一定の質量/電荷数(m/z)比を持っていることがわかる。m/zを横軸にとって、縦軸にイオンの量を記録したグラフが、質量スペクトルであり、そこに現れるピークの位置と大きさから、物質の組成と量がわかる。装置は、単純な単収束磁場偏向型のほか、四重極型、イオントラップMS、二重収束型などがある。

 電極式イオン分析計。もっとも馴染み深いpH計では、被検液にガラス電極と飽和カロメル電極を浸し、両極間に構成される電池の起電力を測定することによってpHを求める。実際にはさらに温度補償電極が加わっている。イオン選択性電極式分析計では、標準電極と参照電極による起電力を測定するという点はpH計と同じだが、特殊な電極を組み合わせることによって、特定のイオンのみを測定する。たとえばシアンイオン、塩素イオン、銅イオン、カドミウムイオンに感応する電極がある。

 ポーラログラフィー。これも電気化学式分析計の一種である。被検液を電気分解しながら、電圧と電流の関係(ポーラログラム)を記録することをいう。金属の分析では、被検液中の金属をいったん電極上に電着させてから、逆方向の電気分解を行って、金属が溶け出すときのポーラログラムを解析する。

 書き漏らしたことも多く、はなはだ中途半端ではあるが、汚染を測る方法についての解説は、これで終わりとしたい。水質の分析に限っても、成書(日本規格協会『詳解 工場排水試験方法』)の目次をみると外観、透視度、臭気・臭気強度、色度から始まって、pH、電気伝導率、懸濁物質・蒸発残留物、化学的酸素消費量、生物化学的酸素消費量、種々の化学成分の分析、魚類による急性毒性試験、大腸菌群数などの細菌試験に至るまで、項目ごとにじつに様々な方法で測定が行われている。本当にハードな知識は、そのような本から得ていただきたい。また、素人でもできる水質検査方法などの手引き書も出版されており、実際に自分の手で測定を行ってみるのも、環境保護の立場から有意義なことであろう。

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