この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。 |
『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1999年8月号 |
文科系のための科学講座環境科学編【8】シュレッダーダスト |
役目を果たして廃物となった自動車は、廃車解体業者の手で解体される。まず、エンジン、バッテリー、ドア、ボンネットなど再利用可能な部品が、取り外されてリサイクルされる。ただし修理用部品としての需要は、年式が古くなると急激に低下する。また、1枚のドアが修理に使われるということは、どこかで1枚のドアが捨てられるということでもある。タイヤも取り外され、再利用されたり焼却処分されたりしているが、タイヤは厄介な廃物であり、各地に古タイヤの山が築かれている。エアコンに入っているフロンガスは、かつては空中に捨てられていたが、フロンはオゾン層の破壊と地球温暖化を引き起こす物質であるため、現在はすべて回収されている。排ガス処理に用いられている触媒も回収され、資源として再利用される。安全装備として普及してきたエアバッグには、アジ化ナトリウムという爆発性の物質が使われている。この物質は毒性があるため、解体時には、エアバッグを作動させて無害化する必要がある。エンジンオイルなどの油脂は、抜き取られて処分される。
ダッシュボード、内装などのプラスチック部品は、できるだけ取り外して、材料の種類に応じて分別し、適切な方法でリサイクルすることが望ましい。自動車の材料構成比をみると、鉄が減少し、軽金属(主にアルミニウム)とプラスチックが増えている傾向がある。これは生産コストの低下と、車体の軽量化による燃費向上のためには有益である(すなわち自動車を走らせることによる二酸化炭素の排出を減らし、地球温暖化を防止することにつながる)。その一方で、プラスチックは鉄に比べてリサイクルしにくい素材であり、使われているプラスチックの種類も、PVC(ポリ塩化ビニル)、ABS樹脂、ナイロン、ポリエチレン、熱硬化性不飽和ポリエステル樹脂など、さまざまである。プラスチックを使用する考え方として、部品ごとに最も用途に適した特別なプラスチックを使おうという視点から、分別やリサイクルに向いた使い方をしようという視点への変化が始まっている。 再利用できるものを取り外したあとに残ったスクラップボディーは、シュレッダー事業者に渡り、破砕処理を受ける。破砕されたものは、風力選別や磁気などを使う方法により、さらに選別される。鉄は、ほぼ全部が回収され、資源となる。ただし近年は屑鉄の価格が低落しているため、このリサイクルが困難になっていることが報じられている。非鉄金属(アルミニウム、銅、亜鉛)は、一部では回収が行われている。 このようにシュレッダーによる破砕と選別を経て残るものが、シュレッダーダストである。その大半は、埋立処分されているが、そこから有機物質(とくにプラスチックに含まれる可塑剤)や重金属(水銀、カドミウム、鉛、クロムなど)が浸出して地下水を汚染し、環境問題を引き起こす可能性がある。 シュレッダーダストの成分は、主にプラスチックであるが、切り刻まれて混合物となってしまったシュレッダーダストからプラスチックを回収・再利用することは、非常に困難である。またシュレッダーダストには、ほかにも多種多様な物質が含まれている。たとえば完全に抜き取られずに残ったブレーキオイル、トランスミッションオイルなども含まれている。非鉄金属も、現状では回収が不十分なため、シュレッダーダストの中に残る。アルミニウムのほか、電池、電線、塗料などに用いられている重金属についても回収が望まれる。自動車は耐用年数の長い製品であるため、古い廃車にはPCBなど、現在では規制されているような物質も含まれていることがある。 シュレッダーダストの埋立処分は、すでに限界に達している。リサイクルを促進することが、対策として最も重要であり、そのためには、リサイクル可能な素材を使用すること、素材の識別を行うこと(マーキング)、パーツごとに取り外しやすい構造にすることなどが、自動車の開発段階で求められている。シュレッダーダスト自体の処理方法としては、物質資源としての回収・再利用が難しいため、燃焼による熱を利用してエネルギーを回収するという方針が主に検討されている。むろん、焼却処分であれ熱利用であれ、燃やした場合には灰が生じるので、灰(炉内に残る主灰と、排ガス中に飛散してから捕集される飛灰の両方)についても適切な処理(たとえば溶融固化)が必要である。燃焼によって生じるダイオキシンへの対策も必要である。 シュレッダーダストは、自動車だけでなく、捨てられた家電製品などの処理でも発生する。廃家電製品という種々雑多なゴミから生じるシュレッダーダストの扱いが、廃自動車に劣らず厄介であることは、言うまでもない。 |
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