この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1999年6月号

文科系のための科学講座

環境科学編

【6】

地球環境(3)オゾン層

 南極上空に、オゾンホールという穴があいたらしい。そう聞くと、なんだかよくわからなくても、大変なことが起こったような気持ちにはなる。実際、大変なことなのだが。

 オゾン層は、南極に限らず、地球全体を取り巻いている。ここでまず、大気の構造を復習しておこう。地面から高度 12 km までの大気は、対流圏と呼ばれる。日光を浴びた地面によって暖められた空気が、この高さまでは対流によって昇ったり降りたりしている。さまざまな気象現象は、基本的にこの対流圏で起こる。その上は、対流圏界面を境にして、成層圏が続いている。ここでは対流の影響がなく、大気は安定な層をなして積み重なっている。高度 50 km あたりに成層圏界面があり、その上は 80 km までを中間圏、それ以上を熱圏という。

 オゾンは成層圏の中に分布しており、高度 20 km を超えたあたりが最も高濃度になっている。この 20 km という高さは、直径 30 cm の地球儀でいうと、表面から 0.5 mm にあたる。地球の大気というのは、かくも薄っぺらな衣装なのである。

 オゾンは、酸素分子に太陽からの紫外線が当たってできる。酸素分子(O2)は酸素原子2個が結合した物質だが、これに波長の短い紫外線が当たると、そのエネルギーで結合がこわされる。遊離した酸素原子(O)が、別の酸素分子と結合して、酸素原子3個からなるオゾンの分子(O3)を作る。その一方でオゾンもまた、紫外線などの太陽放射を受けて分解し、酸素分子1個と酸素原子1個になる。遊離した酸素原子が、別のオゾン分子と反応すると、酸素分子2個ができる。太陽からの紫外線を吸収しながら、オゾン層では酸素とオゾンとの間に、このような平衡状態が成り立っている。一定量のオゾンがあるから、紫外線(とくに生物の DNA に有害とされる UV-B という波長)はオゾン層で吸収され、わずかしか地表に到達しない。そのオゾン層が消滅すると、大気は紫外線に対して素通しになり、人間の健康への影響(皮膚癌など)や、作物の生長への影響、さらに地球全体の気候への影響が懸念される。

 オゾン層が破壊されるという問題が最初に注目されたのは、成層圏を飛ぶ超音速旅客機 SST の開発計画であった。SST の排ガスは、オゾン層にほとんど影響を与えないことがわかったが、1974年に、今度は地上から排出されるフロンがオゾン層を壊すという可能性が指摘された。実際にオゾンが減っているという観測は、オゾンの季節的変動が大きいことなどのために難しく、フロンが減少の原因であるという立証はさらに困難であったが、明らかな破壊が生じてからでは手遅れになるという認識が高まり、1985年に「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が採択されるまでに至った。オゾン層の破壊は地球全体の問題だが、南極上空のオゾンを衛星から観測したときに、春季にぽっかりと穴があいたように見えるという発見は、少なくとも重大な変化が明らかに起こっているという、目にみえる証拠として注目された。

 フロンは、メタン、エタンなどの炭化水素(炭素と水素の化合物)から、水素をフッ素に置換した物質であり、さらに残った水素を塩素に置換したものもある。なかでも全部の水素がフッ素と塩素に置換されたものをクロロフルオロカーボン(CFC)といい、温暖化とオゾン層破壊の原因として規制されているのは、その中でもとくに有害な特定 CFC である。CFC の用途は、まずクーラーに入れる冷媒である。機械部品や電子部品の洗浄にも使われた。発泡剤としてポリウレタンや発泡スチロールの製造にも使われ、エアゾールスプレーの缶にも詰められた。

 どの用途に使われたとしても、最後には大気中に排出される。フロンを分解する自然の機構は成層圏にしかないため、排出されたフロンは、いつかは成層圏に到達して、そこにあるオゾンを破壊する。

 フロン対策の第一は、代替品の開発と利用により、有害なフロンを作らない・使わないことである。エアゾールスプレーへの使用は、LPG などのガスやポンプ方式に切り替えられた。洗浄用では、他の溶剤や代替フロンへの切り替えが行われている。冷媒にも代替フロンが使われている。使用後のフロンを回収し、大気中に漏らさずに再利用するという対策もある。廃車を解体する際に、カーエアコンのフロンを抜き取って回収することも重要である。最後に、いらなくなったフロンを分解する技術も必要である。

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