この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1999年4月号

文科系のための科学講座

環境科学編

【4】

地球環境(1)温暖化

 地球温暖化の危機が叫ばれている。ひとことで言えば、人間の活動によって排出される二酸化炭素の量を減らさないと、地球が暖まってしまう。そうなったら、世界中に異常気象が起こり、さらには両極の氷が溶けて、海沿いの都市は水没してしまうという話だ。このシナリオは、もはや現代の常識だろう。

 地球は太陽によって暖められ、暖まった分だけ宇宙空間に熱を放射している。地表の温度は、この太陽から降り注ぐエネルギー(主に可視光線)と、宇宙空間へ逃げ出す熱(赤外線)とのバランスによって決まる。地球には大気圏があり、大気には多量の水蒸気が含まれているが、この水蒸気が赤外線をよく吸収するため、熱の一部は宇宙空間に飛び去らずに大気中にとどまる。その結果、地球の大気は、われわれにとって快適な暖かい状態に保たれている。これが、地球大気の持つ本来の「温室効果」である。

 温室効果を持つ気体は、水蒸気だけではない。二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、オゾン、フロンといった気体も、赤外線を吸収するため、大気中に存在すると気温を上昇させる。これらのうち最も量の多い二酸化炭素は、大気中の含有量が産業革命以前には 280 ppm であったものが、現在は 350 ppm に達している。現在の地球全体では、年間120億トンずつ、大気中の二酸化炭素が増加していると言われ、増加の大半は、化石燃料の燃焼という、人為的な排出に由来している。

 それ以外の温暖化気体は、量的にはごく希薄な濃度でしか、大気中に含まれていない。しかし、本来存在しない成分であるために吸収率が飽和していないことと、水蒸気や二酸化炭素に吸収されない波長領域(「大気の窓」と呼ばれる)の赤外線を吸収することによって、微量であっても温暖化を引き起こす働きが強い。フロンは同じ量の二酸化炭素に比べて、温暖化への寄与が1万倍も大きいと考えられている。

 さて、二酸化炭素とは何か? 中学で習ったように、それは物が燃えるときにできる気体である。また、呼吸によって排出される気体である。たとえば炭を燃やした場合、炭の主成分である炭素(C)と空気中の酸素(O2)が化合して、二酸化炭素(CO2)になる。あるいは薪を燃やすと、薪の主成分であるセルロースという炭水化物(元素としては炭素・酸素・水素から成り立っている)が酸素と化合し、二酸化炭素と水になる。石油や石炭は、古代の生物の体が、長い時間をかけて地中で変化してできたものであるため、化石燃料と呼ばれている。その成分は、炭素と水素から成る炭化水素の混合物であり、燃えると二酸化炭素と水になる。

 動物が餌を食べて消化し、代謝によってエネルギーを得るときにも、化学反応の収支としては燃焼と同じことが起こる。餌が体内で「燃やされ」てできた二酸化炭素が、呼気の中に排出される。

 植物は、日光を浴びて光合成を行っているときには、空気中の二酸化炭素を取り込んで、それを材料にして炭水化物を作る。二酸化炭素という気体であった炭素が、植物の体を作る物質に変化することから、この働きを炭素固定という。植物が動物に食べられて代謝されると、それまで固定されていた炭素が二酸化炭素として放出される。植物が燃料あるいはゴミとして燃やされたときや、朽ちて分解したときにも、同じように二酸化炭素が放出される。炭素はこのように、植物による固定を中心として、生態系を循環している。

 木が切られて木材になると、炭素固定は止まるが、それまでに固定された炭素は固定されたままで残る。伐採地に木を植えてやれば、そこでまた炭素固定が始まるから、切られた木が木造家屋や紙の形で存在している限り、木を切ったからといって大気中の二酸化炭素を増やす結果にはならない。しかし、木材や紙は、いつかは燃やされたり、腐ったりして、温暖化に寄与することになる。

 また二酸化炭素は、カルシウムに触れると炭酸カルシウムという不溶性の物質になる。たとえばサンゴという動物の営みによって作り上げられたサンゴ礁は、炭酸カルシウムである。古代の生物によって固定された炭酸カルシウムは、石灰岩という鉱物の形で、地殻中に莫大な量が埋蔵されている。炭酸カルシウムは、酸によって分解され、二酸化炭素に戻る。石灰岩からセメントを作る際にも二酸化炭素が放出されるので、現代の都市建築物もまた、二酸化炭素の排出源として計算に入れなくてはならない。

 自然の働きによる炭素固定は、長い時間をかけて、ごく緩やかに進行してきた。過去に化石燃料として固定されたエネルギーは、太陽から降り注いだエネルギーの100億分の1にすぎない。それにひきかえ、人間の産業活動による変化は、あまりにも急激であった。なんと言っても、温暖化に最も大きく寄与しているのは、現代人が冷暖房・産業・移動などのために化石燃料を大量に燃やしていることである。過去数億年以上にわたって固定されてきた炭素を、たった100年で燃やしてしまったことが、地球全体で炭素循環のバランスを崩したのだと言える。

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