この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1999年2月号

文科系のための科学講座

環境科学編

【2】

環境放射線

 日常生活で人体が受けている放射線には、自然放射線と人工放射線があり、1年当たり3.8ミリシーベルト(mSv)といわれる日本人の環境放射線被曝線量のうち、半分以上(61%)にあたる 2.3 mSv が医療用放射線であるとされている。自然放射線による被曝は、自然ガンマ線(10%)、宇宙線(7.6%)、体内核種(天然放射性核種による内部被曝)(10.8%)、ラドンおよび娘核種(10.5%)があり、医療用以外の人工放射線では、フォールアウト(放射性降下物)(0.3%)、航空機利用(上空を飛ぶことにより宇宙線の被曝が増える)(0.1%)、職業被曝(0.03%)、コンシューマプロダクツ(一般消費物)等からの被曝(0.00005%)、原子力関連施設による被曝(0.0000086%)が挙げられている。[数値は科学技術庁、生活環境放射線3による]

 自然界の物質には微量の放射性同位元素が含まれており、それらが崩壊することによって、ベータ線、アルファ線、ガンマ線などの放射線が発生する。宇宙からも放射線が降り注いでおり、これは主に陽子線である。自然界の放射性物質の中では、ラドンという元素が大きな割合を占めているが、ラドンは地域的な差や気象条件による変動がとても大きいため、他の発生源とは別にして扱われれいる。人工的に作られる放射線としては、まず、原子炉でウランなどの元素に核分裂を起こさせることにより、さまざまな放射線が発生する。エックス線は、健康診断のほか、ガンの治療や、金属材料などの非破壊検査にも用いられる。治療や非破壊検査には、加速器によって作られる放射線も利用される。

 人体は、周囲にある物質から出ている放射線を受けたり、体内に取り込んだ放射性物質から出てくる放射線を受けたりすることによって、いろいろな影響を受ける。放射線の電離作用によって、体を作っている細胞(とくにDNA分子)が損傷し、機能しなくなることが、障害の原因となる。

 放射線が人体に及ぼす影響は、「確定的影響」と「確率的影響」の二つに分けて考えることができる。確定的影響とは、大量の放射線を一度に受けたときに現れる影響であり、貧血、下痢、炎症などの症状から、著しい被曝の場合には死に至る。微量の被曝であれば、このような症状が起こることはなく、確定的影響を引き起こす線量と引き起こさない線量との間には、はっきりとした「しきい値」が決まっている。

 少量の放射線を受けたときには、細胞や組織にただちに影響が現れなくても、何年も経ってから、ガンや遺伝的影響が起こるという《可能性》が生じる。このような影響が、確率的影響である。確率的影響のしくみは解明されておらず、微量であれば害がないという「しきい値」が存在するかどうかも、わかっていない。そのため現時点では、どんなに微量であっても、蓄積すれば影響を生じる可能性があるという、安全側に立った規制が講じられている。

 大量に摂取すれば有害な物質であっても、微量であれば、かえって体を刺激して健康に良い効果を与えるという現象があり、ホルミシス効果と呼ばれている。放射線にも、そのような効果があるという考え方もある。  人体への影響を考える場合、放射線の被曝量は、「実効線量当量」として測られる。放射線の生物学的影響の大きさは、放射線の種類や、被曝した臓器・器官の種類によって違ってくるため、人体が吸収したエネルギーの量(吸収線量)を単純に測定しただけでは、生物学的影響の大きさを正確に表すことはできない。そこで、放射線防護の目的には、人体に対する影響の程度を考慮した実効線量当量が用いられる。

 実効線量当量の単位は、シーベルト(Sv)である。1000分の1シーベルトを1ミリシーベルト(mSv)といい、100分の1シーベルトを1レム(rem)という。

 そのほか、放射線の測定には、次のような単位が用いられる。

  • ベクレル(Bq)、キュリー(Ci)――放射能の単位。1秒間に何回の放射性崩壊が起こっているかという数を表す。
  • グレイ(Gy)、ラド(rad)――吸収線量の単位。放射線が物質に照射された結果、どれだけのエネルギーが物質に吸収されたかという量を表す。放射線の物理的強度である。
  • レントゲン(R)――照射線量の単位。エックス線やガンマ線が空気が電離する量を表す。

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