この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。 |
『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1998年9月号 |
文科系のための科学講座遺伝子工学編【9】バイオハザード |
組換えDNA実験では、自然界に存在しない微生物が実験者に感染したり、実験室外へ漏出したりといった、バイオハザード(生物災害/生物的危険)が予想される。そこで米国立衛生研究所(NIH)のガイドラインをもとに、生物学的封じ込めと物理的封じ込めによる安全性の確保が行われている。
日本では、まず文部省が告示した「大学等における組換えDNA実験指針」があり、さらに大学以外の研究機関にも適用される国の基準として、科学技術庁が「組換えDNA実験指針」を定めている。これらに沿って、封じ込めについて説明したい。 生物学的封じ込めは「特定の宿主−ベクター系を用いることにより、組換え体の環境への伝播、拡散を防止すること」を目的とし、宿主−ベクター系の安全性の程度に応じ、B1とB2の二つのレベルに区分されている。 B1レベルでは、「自然条件下での生存能力が低い宿主と宿主依存性が高く他の細胞に移行しにくいベクターを組み合わせて用いることにより、組換え体の環境への伝播、拡散を防止」する。さらに条件を厳しくして、「自然条件下での生存能力が特に低い宿主と宿主依存性が特に高いベクターを組み合わせて用いること」により、安全を確保している場合は、B2レベルである。つまりB2レベルの組換え体は、B1レベルのものより、外へ漏れた場合に生存する可能性が低い。 物理的封じ込めは、「組換え体を施設、設備内に封じ込めることにより、実験従事者その他の者への伝播及び外界への拡散を防止する」ものであり、実験の危険度によって、適切なレベルの物理的封じ込めが必要とされている。小規模な実験ではP1からP4まで、4通りのレベルがあり、それぞれのレベルに応じた封じ込めの設備、実験室の設計、実験実施要項が定められている。 現在のアメリカのNIHガイドラインでは、物理的封じ込めのレベルはP1〜P4ではなく、BL1〜BL4という用語で呼ばれている(BLはbiosafety level)。そういえば病原体を扱った映画『アウトブレイク』で、主人公が「BL3」などと書かれた実験室の前を順々に通ってゆく場面が印象的だった。最初は普通の実験室だがしだいに厳重になり、最後にはいわゆる "moon suit" に着替えてから、BL4の区域に入って行った。「バイオハザード」の標識も、たくさん目についた。 さて、物理的封じ込めのうち、最もゆるやかなP1レベルは、整備された通常の微生物学実験室と同じ程度の設備であり、実験中は窓や扉を閉じておくこと、機械的ピペットの使用が望ましいこと、廃棄物は滅菌すること、注射器の使用はなるべく避けることなどが求められている。 P2レベルでは、さらに汚染エアロゾルが外部に漏出しないように工夫すること、高圧滅菌器(オートクレーブ)を備えることが必要で、キャビネットを使用する場合は安全キャビネットが望ましい。また実験中は、実験室への立ち入りを制限しなくてはならない。実験室内では実験着等を着用し、退室時には脱ぐ。 P3レベルでは、安全キャビネットを設置し、さらに実験区域に空気の排出換気装置を設け、実験区域からの排気は、ろ過その他の処理をした後に排出する。実験区域の入り口に前室を作り、前後のドアを同時に開くことができないようにする。実験区域の気圧を下げて、空気の流れがかならず前室から実験区域へ向かうようにする。 P4レベルでは、クラスIIIの安全キャビネットを設置する。実験区域への出入は前室を通じて行い、出入に際してシャワーを浴びる。ドアや冷蔵庫などには、国際的に使用されている生物的危険表示を掲げる。実験区域からの排気は、HEPAフィルターで二段ろ過する。 物理的封じ込めに用いる安全キャビネットは、クラスIからクラスIIIまでの段階があり、高度の危険性を持つ微生物・病原体等の取り扱いにはクラスIIIを使用する。いずれもHEPAフィルター(high efficiency particulate air filter)によって、排気を処理した後にキャビネット外へ放出する。空気の流入風速、密閉度などの規格が、クラスごとに定められている。 大量培養における物理的封じ込めのレベルは、LS−C、LS−1、LS−2の3レベルに区分されている。LS−1レベルの物理的封じ込めは、P1レベルに相当する組換え体の大量培養実験に適用され、LS−2レベルの物理的封じ込めは、P2レベルに相当する組換え体の大量培養実験に適用される。LS−Cレベルでの大量培養は、生物学的安全性が特に高いものに限られる。 |
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