この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1998年5月号

文科系のための科学講座

遺伝子工学編

【5】

タンパク質を分ける方法

 前回に続いて、タンパク質の分離精製と分析の話をしたい。手法はたくさんあるし、それぞれに詳しく話し出せばきりがないので、超遠心法、クロマトグラフィー、電気泳動の三つに話題を絞ることにする。

 まず、超遠心機の前へ行ってみよう。この機械は、大きさは巨大なデスクほどで、がっしりとした重たい箱型をしている。電気洗濯機のように上に蓋があり、開けると中は丸くがらんどうになっている。中が冷たいのは、最前から冷却装置を作動させて4℃に冷やしてあったからだ。タンパク質など生体物質は、温度が高くなると変性しやすいので、ほとんどの実験操作は氷バケツの中とか、低温室とか、このように冷却された装置の中とかで行わなくてはならない。研究者は、ディープフリーザーからバイアル瓶を取り出している。その中に、これから分析するタンパク質の試料が入っている。彼女は、それを持って低温室へ直行する。

 実験テーブルには、太めの試験管のようなもの(遠心管という)が8本、並んで立っている。この数は偶数でないといけない。なんだかよく冷えた液体(試料の分離に適した組成をもつ媒液)を、それぞれの遠心管に同量ずつ満たす。メカニカルピペット(いわゆるスポイトの精密なもの)を使って、試料を計りながらそっと液面に浮かせる。こうして試料を載せた遠心管を2本ずつ組にして天秤にかけて、重さが釣り合うように液体を滴下する。その横に、ひと抱えほどあるコマのような形をしたローターがある。研究者は、釣り合いのとれた遠心管をそっと持ち上げ、中身を乱さないように慎重に、ローターの穴に挿入する。そしてぴったりとネジ蓋をすると、10 kg以上もあるローターを下げてしずしずと超遠心機の所へ運び、中の回転軸にしっかりと据える。超遠心機の蓋を閉じて、ダイヤルを20,000 rpm(毎分2万回転)に設定し、タイマーを6時間にセットした。慎重に調製された試料は、これから一晩ぶっとおしでぶん回るわけだ。研究者は別室へ消えた。明日の実験の準備をするのか、仮眠をとるのかはわからない。

 高速回転するローターの中の試料には、重力の数万倍という強い遠心力がかかっている。遠心管の上に浮いていた試料は、遠心力によってだんだん底の方へ移動する。そのスピードは、タンパク質分子の重さ、タンパク質分子と媒液との比重の差、沈もうとする分子が媒液から受ける粘性抵抗などによって決まる。つまりタンパク質の沈降速度は、タンパク質の種類によって違ってくる。明朝、機械が止まったら、遠心管を取り出して、中身を底の方から上の方まで少量ずつたくさんの画分に分けて回収する。それぞれの画分に含まれるタンパク質の量や活性を測定して、目的のタンパク質を純粋な形で手に入れるのだ。

 低温室では、カラムクロマトグラフィーの装置も動いている。カラムというのは、ガラス管(または合成樹脂製の管)の中に特殊な合成樹脂や吸着剤などの粒子を詰めたものだ。容積0.5 mlに満たない小さなカラムもあれば、人の背丈より高くて太さが20 cmもある大きなカラムもある。カラムによる分離でもいろいろな原理に基づくものがあるが、要するに、カラムを通り抜ける時間が物質ごとに異なっているという性質を利用していて、操作法自体は、基本的に似通っている。まず、カラムに適切な緩衝液(液性が急激に変化しないように調製された液体)を流して平衡状態に達するのを待つ。次に、少量の試料をカラムに注入する。最後に、別の緩衝液を流して、カラムから試料を洗い出す。カラムから出てくる液体(溶出液)を、少量ずつたくさんの画分に分けて回収する。溶出液は、出てくる端から紫外線吸光度を測ることによってタンパク質含有量をモニターしているので、記録計に描き出される吸光度のグラフを見ながら、必要なものを含んでいる画分だけを集めることができる。

 分子の電気的性質によって分けるのが、電気泳動法だ。これには、アガロース(寒天の成分)で作ったゲルや、ポリアクリルアミドという合成樹脂で作ったゲルを使う。これらの材料をガラス管の中で固めて円柱状のゲルにしたり、2枚のガラス板の間で固めて平板状のゲルにしたりして、その上に試料を載せる。ゲルの上と下につながる水槽に電圧を加えると、試料はそれぞれの電気的状態に応じてゲルの中を移動する。上の槽にマイナス、下の槽にプラスの電圧を加えた場合、マイナスの電荷を多く持つ分子ほど、速くゲルの下の方まで移動する。ゲルの組成や試料の調製法によって、電荷以外にも分子の大きさや、等電点という電気的性質によって分離することも可能である。泳動が終わったらゲルを取り出し、試料が流失しないように固定液に浸し、さらに染色液に浸してから、過剰の色素を洗い去ると、円柱ゲルの中で分離されたタンパク質は成分ごとのバンドとなって目に見えるようになり、平板ゲルの中で分離されたタンパク質はスポットとなって出現する。

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