この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1998年4月号

文科系のための科学講座

遺伝子工学編

【4】

タンパク質・酵素・遺伝情報

 タンパク質(protein)とは何か? 語源的には、蛋白質とは“卵白の主成分”であり、proteinとは“根源の物質”である。栄養学的には、タンパク質は脂肪、炭水化物と並ぶ、三大栄養素の一つである。タンパク質を見たことのない人は、いないだろう。卵白を見ているなら、それは卵白アルブミンというタンパク質の濃厚な水溶液を見ているのだと言える。一切れの牛肉は、アクチンとミオシンという2種類のタンパク質が、筋細胞内で水を含んで整然と配列されているかたまりだ。血液が赤く見えるのは、ヘモグロビンというタンパク質が赤い色をしているからだ。唾液には、アミラーゼというタンパク質が溶け込んでいる。栄養学的には、どのタンパク質も組成に大差はない。ひどく偏らないように注意する必要はあるが、ヒトは豆腐だけを食っていても、ちゃんとヒトの体に必要なタンパク質を作ることができる。

 化学的には、タンパク質は20種類のアミノ酸が、数十個から数百個も、一列につなぎ合わさってできた物質である。この20種類というアミノ酸の取り合わせは、ウィルスや細菌から樹木や高等動物に至るまで、地球上のすべての生物で基本的に共通している。そのため生物は、まったく違う種類の生物の体を食って生きることができるのである。食われることによって生物に取り込まれたタンパク質は、いったん消化・分解されてばらばらのアミノ酸になり、その生物独自のタンパク質に作りなおされる。

 生きている体の中にあるタンパク質は、種類ごとに、それぞれ違った働きを担うように作られている。コラゲンは、代表的な構造タンパク質であり、細胞や組織の形を保つことを主な役割としている。アクチンとミオシンは、細胞内で物質を動かしたり、細胞自体を変形させて生物の体を動かしたりする役目を担っている。ヘモグロビンは、体内で酸素を運搬する。免疫グロブリンは、体内に入ってきた異物(病原体など)への反応によって作り出され、異物に対する免疫反応で重要な役割を演じる。

 酵素と呼ばれる一群のタンパク質は、他の物質に作用することを役割としている。元々は“発酵”を起こす物質という意味で酵素と名付けられたものだが、現在では、他の物質を分解したり合成したりする働きを持っているタンパク質は、すべて酵素と呼ばれている。たとえば消化酵素として分類されるものだけでも、無数の種類があるが、それぞれにタンパク質の分子を短く切ったり、デンプンの分子を切って麦芽糖にしたりといった、特異的な機能を果たしている。消化が終わると、物質をさらに分解してエネルギーを得るために一連の酵素が働く。分解された炭水化物から脂肪を作るといった、いろいろな生合成の経路にも、たくさんの酵素が関わっている。このように、細胞内で物質を分解したり、変化させたり、単純な物質から複雑な物質を作り出したりする化学反応は、ほぼすべてが、特異的な酵素の働きによって進行している。筋細胞に含まれるミオシンも、ATPという物質を分解して得たエネルギーを使って、機械的運動を引き起こしているので、酵素の一種である。

 細胞膜にあって、ゲートのように孔を開いたり閉じたりしながら、細胞を出入りする物質の流れを調節しているタンパク質もある。受容体(レセプター)と呼ばれる分子も、細胞膜に埋めこまれたタンパク質であり、外から来る薬物などの分子と結合することによって、細胞内にいろいろな反応を開始させる。

 細胞は、外側を膜に包まれていて、細胞の中にもたくさんの膜がある。膜は、リン脂質という水に溶けない物質の二重層をベースにして、その両面をタンパク質で覆った安定な構造をしている。そこにゲートやレセプターといった、さまざまな機能性タンパク質が配置されて、生体をダイナミックに活動させるための環境が作られている。

 これらすべてのタンパク質は、遺伝子であるDNAに書かれたコードに従って作り出される。生体を一つの工場になぞらえると、タンパク質という多種多様な物質は、工場の床であり、柱であり、壁であり、工作機械であり、制御装置であり、運搬用の台車であり、ようするに、工場を働かせるために必要な、ありとあらゆる設備であると言える。DNAにタンパク質の情報が書かれているということは、いつどこに、どういう設備を設置するかという指示が、すべて書かれているということである。さらに、DNAのどの部分をいつ、どのように働かせるかという、遺伝子発現の調節も、DNA自身によって作られるタンパク質によって行われている。DNAに書かれた遺伝情報によってタンパク質を作るということは、間接的に、生体内のあらゆる物質の活動を制御するということである。  次回は、タンパク質を分離精製したり、その性質を調べたりする方法について述べる。

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