この記事は、『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)に連載されたものを、編集部のご好意により許可を得て、著者の責任において転載しています。

『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版発行)1998年3月号

文科系のための科学講座

遺伝子工学編

【3】

DNAに何が書かれているか?

 遺伝子の実体がDNAであることが証明されてからも、DNAに何が書かれているのか、それがどのようにして遺伝形質を発現させるのかという問題は、なかなか解明されなかった。重要な手がかりは、二つあった。一つは、DNAの分子が二重らせん構造をしていること、もう一つは、DNAの構成単位の比率に、ある特徴が見られることであった。

 DNAは、4種類の「ヌクレオチド」という構成単位が一列に連なった、鎖状の分子である。2本の鎖がより合わさって、らせんを作っているので、二重らせんという(二重らせんという言葉から、らせんになった鎖がさらに大きならせんを形成している様子を思い浮かべることもできるが、そのような大きな構造はスーパーヘリックスといい、また別の話に関わってくる)。4種類のヌクレオチドは、A、G、C、Tという記号で表わされる。それぞれアデニン、グアニン、シトシン、チミンの略であり、ヌクレオチドの中で塩基と呼ばれる部分に違いがあるのだが、要するに、DNAという分子は、A、G、C、Tという4通りの文字が、一列にずらずらと書き連ねられたものと思えばよい。

 DNAに含まれているA、G、C、Tの比率は、生物の種類によって異なっているが、つねにAとTが同じ数、GとCが同じ数だけ含まれていた。ワトソンとクリックが、DNAの分子模型を作ろうとしたとき、向かい合う2本の鎖の間で、つねにAとTが結び付き、GとCが結び付くようにしてやると、模型は無理なく美しい二重らせんの形に収まった。実際、AとT、GとCの間には、水素結合という弱い化学結合が生じていることが確かめられた。DNAの二重らせんでは、つねにAとT、GとCが対をなしており、これを「相補性」という。

 このことは、DNAが遺伝子として働くために重要な意味を持っている。2本の鎖は、互いに相補的なので、一方を鋳型にして相手方の鎖を合成してやれば、完全に元通りの2本鎖を複製することができる。細胞が分裂するときには、それぞれの鎖を鋳型にして、元の2本鎖DNAとまったく同じものが二つ作られて、分裂後の細胞(娘細胞)に受け継がれる。

 RNAという分子も、1本鎖のDNAとほとんど同じ構造をしている。違っているのは、ヌクレオチドを作っている糖が、デオキシリボースではなくリボースであることと、塩基の種類が、A、G、C、U(ウラシル)の4種類だということだけである。Uは、Tと同じように、Aとだけ結合するので、DNAの鎖とRNAの鎖の間には、DNAの2本鎖とまったく同じ相補性が成り立つ。

 遺伝子が担っている遺伝情報は、4通りの文字で書かれた、長い長い文書である。その解読の第一歩は、1961年にニーレンバーグによってなされた。UUUという配列だけを持つRNAを合成して、細胞内を摸した条件下で働かせてやると、産物の中には、フェニルアラニンというアミノ酸だけが出現した。さらにいろいろな配列を合成することによって、ヌクレオチドの配列がどのアミノ酸に対応しているかという、遺伝子の読み方(遺伝暗号)は、すべて解明された。4種類の文字を3個ずつ組み合わせると、64通りの遺伝暗号ができる。そのそれぞれが、20通りあるアミノ酸のいずれかを指定している。遺伝暗号のほうがアミノ酸の種類より多いので、たいていのアミノ酸は2通り以上の遺伝暗号に対応している。

 遺伝子であるDNAの情報は、いったんRNAに転写される。このときに相補性が働くので、RNAには元のDNAと同じ情報が写しとられる。このRNAをメッセンジャーRNA(mRNA)という。mRNAは、細胞の核から出て、細胞質にあるリボソームという装置にかけられる。そこで読み取られた遺伝暗号に応じて、トランスファーRNA(tRNA)という小ぶりの分子が、しかるべきアミノ酸を運んで来る。mRNAの上にtRNAが正しく結合するのも、結合部位の塩基の間に相補性が働くからである。運ばれて来たアミノ酸は、それまでの産物の端に付け足され、しっかりと結合される。このようにして、DNAに書かれていた通りの順序で、アミノ酸が次々と結び付けられて、1本の鎖が作られる。アミノ酸をつなぎ合わせて作った鎖は、短いものは「ペプチド」と呼ばれ、長いものは「タンパク質」と呼ばれる。

 このように、DNAに書かれている遺伝情報の正体は、遺伝子の命令によって作られるタンパク質のアミノ酸配列である。だがじつは、DNAには、もっといろいろなことが書かれている。また、mRNAも、命令を受け取ったらリボソームへ直行するのではなく、寄り道をして加工されてから任務を遂行する。かくかくしかじかのタンパク質を作れという命令が、なぜ遺伝形質を発現させることになるのかという説明も、本稿の読者のためには必要だろう。次回は、そのへんの話をしたい。

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