この「講座」は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて連載されているものを、著作者の許可を得てウェブ上に転載したものです。

この「講座」内容に関連する質疑応答は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて受け付けております。

講座内容についてのご質問がある方は、どうぞ、上記会議室においでください。

6.1 高品質化

まずなんといっても、高品質化が重要です。

翻訳者としてキャリアアップしていくためには、この点について正しい方向に努力を続けていくことが、最低限、必要です。最低条件を満足せずにツールだけ活用しても、発展はあり得ません。それどころか、ツールの特性に訳文が引きずられ、翻訳者としての成長が遅くなる危険さえあります。

翻訳の世界は、年齢も経験も関係ありません。実力のある翻訳者のところには、単価が高めであってもいやというほど仕事が来るものです。それは事実ですが、じゃあ、実力の証である訳文品質の違いとはなんでしょうか……わかるようなわからないような違いですよね。

なにをもって訳文品質というかは、翻訳者によって、そしてクライアントによって千差万別です。読みやすさが重要だという人がいます。用語の統一による品質向上をいう人もいます。また、単に意味を伝えるだけでなく、読み手を引きつける文章が品質の高い訳文であるという人もいます。みんな一理あると思います。たぶん、このようにさまざまな意見を持っている翻訳者が最終的に目指しているものは、みんな同じなんだとも思います。ただ、翻訳者として伸びていく段階の中で多くの人が苦労する段階が複数あり、また、その意見を述べる人がいる段階も異なっていることから、さまざまな意見が出てくるのではないでしょうか。

私にも、私なりの考えがあります。それは、実務翻訳においては、まず、「読み手に考えさせない」訳文、「読み手が迷わない」訳文を目指すべきだというものです。内容的に原文に沿っていながら、ターゲット言語の論理で素直に読み下していける文章です。

このように抽象的な表現では、何を意味しているか分かりにくいですよね。多少は具体的な例を、一つだけ挙げておきます。英日翻訳であれば、ターゲット言語は日本語です。日本語の主語は省略されていることが多いですね。省略されている主語は、前後関係や助詞、動詞の形態などから、スムースに頭に浮かびますか? 思い浮かべなければならない主語が、必要もないのに変化していませんか? 文章ごとや場合よっては1つの文章の中で、補わなければならない主語が次々変化していませんか? この辺りに注意するだけで格段に読みやすくなることが、少なくとも私の場合はよくあります。

このような「理解しやすい文章」というときに私が念頭においているのは、一流新聞の記事です。一流新聞の記事には、特に凝った表現や独創的な表現はありません。でも、その記事を書くために、記者達は社内で何年もの訓練を受けているはずです。一流新聞の記事並の文章をまずは目標とする、次にこれをベースに、文書がターゲットとする読者やその文書の目的に応じて、多少のひねりを入れてみる……実務翻訳なら、これでほとんどの場合に対応できるはずだと思います。とはいっても、私自身も、記者のように書く訓練を受けたわけではないので、あくまで目標としているとしかいえません(^^;)

もちろん我々はライターではなく翻訳者ですから、ターゲット言語で書くという訓練だけでなく、オリジナル言語とターゲット言語の言語構造の違いを考慮して品詞などを変化させたり、場合によっては段落内の情報の出てくる順番を変化させたりする訓練も積む必要があります。ただしこのような訳出技術は、今回の二足の草鞋講座で取り上げる範囲を越えているので割愛します。翻訳技術に関する本が数多く出版されているので、そちらを参照してください。

翻訳者としての実力をつけるには時間がかかります。この項の最初に書いた「翻訳の世界は、年齢も経験も関係ありません」と矛盾するようですが、実力者には経験を積んだ人が多いのはとうぜんです。仕事を通じて、さまざまなパターンを覚えては忘れ、また覚えては身につけていく……身についたパターンがたくさんあればあるほど、その時々に一番適切なやり方を引き出しから出してくることができるわけですから。

これはもう、地道な努力を続けていくしか方法はないと思います。残念ながら王道はないんですね。「では、頑張ってくださいねぇ(^^)/~~~」では話が終わってしまうので、手抜きしながら(^^;) 基本品質を確保するアイデアについて、次の項で書いてみたいと思います。

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