この「講座」は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて連載されているものを、著作者の許可を得てウェブ上に転載したものです。

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6.8 法人化

クライアントと直接取り引きしようとアプローチすると、「法人でないと仕事は出せない」と言われることがあります。こういう会社は、たいがい、ワン・フロアに入りきれないような大きな会社です。管理部門が別にあって、そちらから、「個人なんかに仕事を出して大丈夫なのか」と言われたり「源泉徴収の手間がかかるから個人に出すな」と言われたりするのです。こういうところの仕事も取りたければ、法人を設立する必要があります。

また、ある程度以上の売上げとなったら、法人化したほうが税金対策として得だという人もいます。

法人化の損得勘定はどうなっているのでしょうか。一言でいうと、クライアント直接取引をすべきかどうかと一緒で、ケースバイケースだと思います。

私自身は、欲しい仕事をとるために必要なら法人化すればいいし、個人でも十分な量と内容の仕事ができているのなら、いろいろと面倒なことの増える法人化などする必要はないと思っています。結局のところ翻訳は手間仕事で、1人で数千万、何億という莫大な売上を上げるのはまず不可能ですから、税金対策といってもタカがしれています。なお、会社を設立すると思わぬところで手間がかかりますから、二足の草鞋で会社を設立することは考えない方が無難だと思います。

◆法人化のメリット・デメリット

法人化するかどうかを決める際に検討すべき事柄をまとめてみます。

★営業への影響

法人化の最大のメリットは、「法人でないと仕事は出せない」というクライアントからも仕事がとれることです。社会的信用が高くなり、営業がやりやすくなるわけですね。1人会社ならば実質的に個人事業と同じわけで、こちらとしては、「会社を設立したからといって何も変わっていないのに」と思ってしまいます。でも、外部からみれば、「会社まで作っているのだから、本気で仕事をするつもりだ。内職感覚の個人事業とは違う」ということになるのです。

これはまた、融資を受ける場合も同じです。個人事業よりも法人化したほうが、一般に融資は受けやすくなるといいます。翻訳業では融資を受ける必要自体がまずありませんから、この方面の心配いらないと思いますけどね。

★経費への影響

経費面をみてみましょう。会社でも個人事業でも、経費にできる項目に基本的な違いはありません。「事業を遂行するのに必要」かどうかが判断基準となるからです。ですから、法人の方が経費を否認されにくいといっても、家族で食べた外食費などを交際費としておくと、あとで税務署から否認されることは同じです。

また、出費の一部のみが仕事に必要であった場合は、個人事業でも法人でも、基本的に、按分なりなんなりにより事業に必要な部分だけが経費となるようにします。このような、個人的な出費を経費にしていた場合、個人よりも法人のほうが否認されにくいのも法人化のメリットということも聞きます。そういうこともあるのかもしれませんが、経費水増しを目的に法人化するのは本末転倒というものですし、そのようなメリット以上の手間暇の増加があります。

いちばん大きな違いは、配偶者や家族への給与でしょう。

個人事業でも青色申告をしていれば青色専従者給与というものを払って経費にすることが可能です。しかし、この場合、あくまで「専従者」ですから、会社員をしている配偶者に夜と週末に手伝ってもらっている場合などは、どんなに重要な仕事をしてもらっていても専従者給与として経費にすることはできません。また、専従者給与の額は、あらかじめ税務署に届け出ておく必要もあります。

これに対して法人ならば、パートタイムの家族にパートタイムなりの給与(時間と仕事の重要性などを勘案して「妥当」な額(妥当っていうのも分からない言葉ですけどね)を支払って経費にできます。また、妥当な額であれば、法人側で給与額を適宜、定めることができます。

一方、経費面で法人の方が不利なのは、交際費の取り扱いです。

個人事業では、交際費は全額損金として経費になりますし、また、経費に算入できる交際費の額に制限もありません。

これに対して法人は、資本金などに応じて400万、300万といった経費への算入限度額があります。これを超えた部分は経費にならないわけです。とはいってもまあ、1人で年間、300万、400万を超える交際費を使うとも思えないので、事実上、無制限といってもいいかもしれませんね。なお、会社規模が大きくなると(個人が設立するような規模ではない)、この限度額は0になります。つまり、交際費はいっさい経費にならないわけです。

個人が法人化した場合に響いてくるのは、「交際費の一部損金不算入」です。2000年4月現在、交際費のうち20%(税制改正で変化することもある)は損金となりません。つまり、10万円の交際費を使ったとしたら、そのうち2万円は経費にならず、8万円だけが経費となるのです。

★源泉徴収

個人翻訳者に対して支払われる翻訳報酬は、源泉徴収の対象となります。そのため、少なくとも10%、1ヶ月の支払額が100万円を超える場合には超えた部分については20%が源泉徴収されます。源泉徴収された税額と年間を通じた収入に対する税金は一致しないのがふつうですから、最終的には確定申告で税額の調整を行い、税金の追加納付をしたり還付を受けます。これは、税金を概算で前払いしているようなものです。

法人になると源泉徴収されませんから、源泉分のお金も、いったん、手元に入ります。最終的には税金を納付するわけで、同じといえば同じことです。ただ、受けた仕事をすべて自分で処理せず他の翻訳者にお願いしているような場合に、資金繰りが楽になるというメリットがあります。

いっぽうデメリットとしては、仕事をお願いした場合に、必ず源泉徴収をして、毎月、源泉税を納付しなければならなくなります。事務手続きも煩雑になりますし、納付を忘れたり遅れたりすると、不納付加算税や延滞税なども払わなければならなくなります。いっぽう個人事業ならば、青色専従者給与を支払っている場合や人を雇用して給与を支払っている場合をのぞいて、源泉徴収義務はありません。

★個人税・法人税の税率

個人税(所得税と住民税の合計)は累進課税といって、所得が多くなるほど税率が高くなります。実効税率は、所得が控除額の範囲内である場合の0%から最高で50%となります。

これに対して法人には控除がありませんから、少しでも黒字になれば一定の法人税がかかります。また、法人住民税には均等割りという頭割り分があるため、赤字の場合でも一定の税額を納付する必要があります。ただ、法人税率の実効税率は、中小法人の軽減税率が適用される年間利益800万円以内であれば30%前後です。つまり、稼ぎが多くて個人税率が高い人は、法人化して法人で利益を出すことにより、合法的に節税ができるわけです。たとえば、個人の実効税率が43%の人は、個人の所得を100万円減らして法人で100万円の利益を出せば、約13万円、税金が減ることになります。

もちろん、法人で出した利益は法人の事業でしか利用できないという制約があります。節税したお金で家族旅行に行くわけにはいかないのです。ですから、実態は個人事業という法人の場合、ふつう、法人の利益がゼロとなるように自分への給与を設定します。いくら税金が少なくなっても、使えないお金ではしかたありませんからね。この節税メリットは、将来、法人の事業を拡大したい、そのためにお金を用意していきたいと考える場合に利用すると考えたほうがいいでしょう。

★給与所得控除

法人のほうが家族への給与を経費としやすいと書きましたが、これに関しては、もうひとつ、考慮すべき点があります。給与所得控除です。

これは、給与所得者に認められる必要経費のようなもので、給与所得の一部に所得税などがかからない制度です。自分1人だけの1人会社でも、会社(法人であり、税法上、自分とは別人)から社長の給与をもらう立場になりますから、この給与所得控除が使えます。この結果、話をごくごく単純化して、会社として利益がゼロになるように給与をもらったと考えると、以下のようになります。

つまり、給与所得控除×税率分だけ、税金が安くなるわけです。年間1000万円も稼ぐような場合、給与所得控除は220万円以上、節税額は66万円〜73万円程度にものぼります(節税額に幅があるのは、扶養家族の人数など、さまざまな条件によって異なるからです)。翻訳雑誌のアンケートから専業翻訳者の収入として一般的らしいと判断される年収400〜500万円クラスでも、給与所得控除は150万円前後、節税額は20万円〜30万円程度はあります。

「すばらしい、すぐにでも会社を設立しよう」と思った人は、次の項目を読んでからにしてくださいね。いい話ばかりではないのです。

★年金・健康保険

個人事業主は、国民年金と国民健康保険に加入します。これに対して法人は、厚生年金と社会保険への加入義務があります。つまり、法人を設立すると、基本的に厚生年金、社会保険となるのです。

国民年金・国民健康保険と比べて厚生年金・社会保険は保障が厚くなります。病院窓口での自己負担率が10%低くなりますし、将来的な年金額は多いハズです(厚生年金は今、いろいろと問題にされており、自分が年をとったときにも多い保証はありませんけどね)。

保障が厚いのはいいんですが、掛け金も高くなります。しかも、個人負担分と会社負担分の両方を実質的に自分で負担する必要があります。この結果、実質的な掛け金はざっと見積もって3倍程度に上昇します。一人前稼いでいたら(500万円前後)、国民年金・国民健康保険の掛け金は年額30万〜50万というところでしょう。これが、100万から150万になってしまうわけです。これだけ違うと、窓口負担割合がちょっとくらい低くても割にあいません。

ところで、中小企業の求人広告を見ると「社保完備」と大書されていたりします。加入「義務」のある社会保険に入っていることが求人のウリになるということは、裏返せば、入っていない会社が多いと考えられます。義務と言われても、上記のように負担が大きいため(上記の100万〜150万の半分は会社が負担しなければならない)、入らずにすませてしまっているのかもしれません。

★経理処理・確定申告

法人を設立すれば、法人としての経理処理と確定申告が必要になります。経理処理方法は必ず複式簿記としなければならず、簡易記帳は認められません。申告は青色です。源泉徴収義務がありますから、自分への給与や他の翻訳者に外注した翻訳料から源泉徴収し、その税金を納付しなければなりません(前述)。

会社を作れば、年末調整も「する」ほうになります。サラリーマンの申告は、特別なことがなければ会社がやってくれる年末調整でおしまいですが、その年末調整をするほうの立場となるわけです。

記帳は、個人でも複式簿記で青色申告をしているなら、ほぼ同じです。しかし、申告の複雑さと手間は格段に異なります。それはまあ、法人ならば、個人事業と同じ規模だろうと年間売上ン兆円という大企業だろうと同じ書類を作成しなければならないのだから当然といえば当然ではありますけどね。

申告書の提出も、個人ならば、税務署に提出すれはおしまいです。これに対して法人では、所轄の税務署だけでなく、都道府県民税事務所と市町村役場にも提出し、それぞれに対して税金を納付しなければなりません。

税務署の調査がくる可能性や頻度も高くなるらしいです。個人事業で売上や利益がそれほどでもない場合、運が良ければ、税務署とのつきあいなしにすませられることもあるようです。これに対して法人の場合は、何もなくても一度は様子を見にくるといいますし、何年に一度かは順番に調査が入るという話も聞きます。税務署の調査が入れば、少なくとも1日、下手すれば何日間か、仕事どころでなくなるはずです。ふだんの経理や決算を税理士さんにお願いしてあれば、かなりの部分はその税理士先生が対応してくれるはずですが、とうぜん、税理士さんに支払っている報酬分だけ、必要経費が増えてしまいます。

◆法人設立に必要なこと

法人を設立すること自体は、それほど難しいことではありません。設立する法人の種類にもよりますが、若干の資金と手間だけですみます(手続きを司法書士に頼む人が多いが、自分でも手続きは可能)。会社の種類によっては、資金もほとんど不要です。

会社の種類としては、株式会社、有限会社、合資会社、合名会社の4つがあります。

株式会社は、資本金1,000万円以上、取締役3人以上、監査役も必要となっており、設立のハードルはかなり高くなっています。また、設立後も、決算を公告しなければならない、取締役改選がなくても2年ごとに取締役の登記を行わなければならないなど、きっちりした事務処理が求められます。

これに対して株式会社を簡略化した有限会社ならば、資本金は300万円以上、取締役1人以上で設立することができます(つまり、自分1人だけで会社が設立できる)。監査役は不要です。決算公告も不要ですし、取締役改選がなければ取締役の登記をやり直す必要もありません。第三者からの出資を集めるのでなければ、有限会社で必要十分だと思います。

合資会社と合名会社は、資本金の下限制限もなく、設立に要する手続きも非常に簡略化されています。そのかわり、無限責任社員という、会社になにかあったときはすべての責任を負う人が必要です(株式会社と有限会社は、法律上、一応、出資金の範囲で責任を負う有限責任となっています。現実はそんなに甘くありませんけどね)。無限責任というと怖そうに聞こえますが、要するに、個人事業と同じわけです。個人事業で負債を抱えたら、すべて、その個人が責任を負うわけですから。

合資会社は、上記の無限責任社員以外に有限責任の社員(出資した役員)がいる場合です。合名会社は無限責任社員のみで構成されます。合名会社や合資会社ならば、ほんの少しの資本金と、自分以外にもう1人の人間がいれば、会社が設立できるわけです。

◆設立する法人の種類

★株式会社

自分のお金だけでなく、第三者(家族・親しい友人以外)の出資をあおいで大がかりに進めるならば、株式会社がいいでしょう。有限会社では、出資金の譲渡などの面に制約があるため、資金集めが難しくなります。

株式会社の場合、前述のようにいろいろな面で手間がかかることを覚悟しておく必要があります。自分でやって時間をかけるか、専門家に頼んでお金をかけるか、いずれにしても、負担が大きくなります。

このように、株式会社は、人も雇い入れて大がかりに展開する場合の形態です。個人規模では株式会社とするメリットはなく、他の形態の会社のほうがいいと思います。

★有限会社

第三者の出資をあおぐのでなければ、有限会社がいいでしょう。上記のように、株式会社よりも、いろいろな手続きが簡略化されていますからね。対クライアントでも、有限会社ならば問題ありません。「株式会社でないと取引できない」という話は聞いたことがありません。

有限会社のデメリットは、小さい会社だと思われることくらいでしょう。ま、ほとんどの場合、事実、小さい会社なんだからかまわないと私は思います。資本金や人数という面で小さな会社であっても、いい仕事がきちんとできることをアピールするのも営業のうちです。なお、有限会社の資本金に上限はありませんから、下手な株式会社よりも大きな有限会社もありえます。将来的に会社を大きくしたい場合でも、第三者の出資をあおぐのでなければ有限会社で十分なわけです。

300万円という有限会社の下限出資金が多額で厳しいと思われる方も多いでしょう。たしかに、かなりまとまった額です。でも、事業を進めるときには、300万くらいは手元にないと資金繰りが詰まってしまうことも多いはずです。クライアントに直接営業をかけて事業展開するつもりならば、少なくとも300万くらいの資金は用意しておくべきだと思います。

★合名・合資会社

税制上のメリットを受けるために、設立した法人から給与をもらうなどの形としたいなど、他の人との関係以外の理由がメインの場合は、合名会社や合資会社がいいでしょう。出資金を準備する必要もありませんし(法律上は、資本金1円で会社が設立できる)、登記の手続きや費用も少なくてすみます。それでも、税制上の取り扱いなどは他の種類の会社と同じです。

ただ、対クライアントでは、「今でも合名会社や合資会社ってあるんですか?」と言われかねません。合名会社や合資会社は、昔の個人商店などで比較的よくみかけた法人で、最近では、株式会社か有限会社とするのがふつうになっていますからね。このように「昔の」形式と思われていることから、第一印象はあまりよくないだろうと思います。また、株式会社や有限会社と同じ取り扱いでいいのだろうかという疑問も、先方が持つ可能性があります。法人は法人なんですから、クライアントの社内規定で特殊な取り決めがない限り、取引上は、株式会社や有限会社と同じ取り扱いとなるはずですけどね。

事業をするなら300万円くらいの資本金は必要と書きましたが、個人事業の法人成りで、徐々に移行・拡大していく形式ならば多額の資本金がなくても可能でしょう。その場合は、上記の第一印象が悪いというデメリットさえ覚悟すれば、合名会社や合資会社とする方法もあり得ます。

法人の設立目的が節税のみで、取引はすべて翻訳会社経由とするのであれば、合名会社や合資会社で十分です。翻訳会社からも、「今でも合名会社や合資会社があるとは知らなかった」などと言われるかもしれません。いずれにしても、翻訳会社は個人事業の翻訳者に仕事を出すのに慣れているわけで、法人の種類によって仕事を出したり出さなかったりということはありません。

実際に法人を設立してみようと思った方は、法人設立の方法やメリット・デメリットを解説した本が多数出版されていますから、2〜3冊、斜め読みしてみられたらいいと思います。

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