この「講座」は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて連載されているものを、著作者の許可を得てウェブ上に転載したものです。

この「講座」内容に関連する質疑応答は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて受け付けております。

講座内容についてのご質問がある方は、どうぞ、上記会議室においでください。

4.3 機械翻訳ソフトと翻訳支援ソフト

1行、1行、原文を読んでは訳文を打ち込んでいくと、「これをソフトが、がぁ〜とやってくれたら楽だろうなぁ」と思うことがありませんか?

世の中には、翻訳ソフトなんてものも、いろいろと売られてますね。でも現実には、使い物になる訳文を作ってくれる翻訳ソフトはないと思います。ま、だからこそ、翻訳者なんて職業が成り立つんですけどね。

いずれにしても、よく話題になる事柄なので、簡単に取り上げておきます。

★ソフトの種類−機械翻訳ソフトと翻訳支援ソフト

翻訳関係のソフトとしては、機械翻訳ソフトと翻訳支援ソフトの2種類があります。(用語は必ずしも厳密には使い分けられておらず、多少の混乱があるようです)

原文を読み込んで、辞書と構文解析などを通じて訳文を生成するのが機械翻訳ソフトです。パソコンショップなんかで売られている翻訳ソフトは、この手のソフトです。

これに対して翻訳支援ソフトは、過去の訳文をデータベース的に活用しよう、というものがほとんどです。この手のソフトは、購入しただけではなにもしてくれません。このソフトを使いながら翻訳作業を進めていくと、原文と訳文を対照したデータベースが裏で作られていきます。そして、一度訳した文章と似た文章が出てくると、前回の訳文を提示してくれるのです。繰り返しの多い文章や改版が多い場合などに威力を発揮すると言われます。コンピューターマニュアルなどには向いていますから、マニュアル翻訳で使われることが多いようです。

★機械翻訳ソフト

価格的には数万円から専門辞書などを買っても10万円前後のことが多いようです。これで訳文作成の手間暇が削減できるなら... と思うかもしれませんね。「専門用語をしっかり登録しておけば、下訳には使える」という人もいます。

でも、私は使い物にならないと思っています。理由は、売り物になる訳文に仕上げるためには、前処理、後処理の手間が多すぎ、結局、全部、ふつうに訳した方が速いなんてことになったりするからです。いくつかいじってみたこともあるのですが、少なくとも私の場合は、機械翻訳ソフトを使った方が時間がかかるという結果になりました。

訳文を作成する場合は、原文を読んで理解し、訳文を頭の中で作成、という手順になります。一方、こういったソフトで一応の訳文ができている場合、原文と訳文の両方を読んで両方を理解し、内容が同じになっているかどうかをチェックし、違っているなら、原文を読みながら訳文の使える部分を探して、使えない部分を書き換える、という手順になるでしょう。または、中間処理という、機械翻訳ソフトに処理方法を教えるというやり方を途中に挟む場合もあります。いずれにせよ、原文・訳文の両方を読まずに、訳文だけを読んでいけるなら効率も上がりそうですが、ほとんどの文章におかしなところがある状態では、それも無理です。

また、翻訳の難しいところ、そして、翻訳者という職業の存在価値があるところは、原文に引きずられない自然な訳文を作るところにあると私は思います。異なる言語であっても引きずられやすいのに、まして、同一言語で文章ができている場合、それを自然な形に直すのは至難の業です。とある一流翻訳者も「Bクラスの訳文をもとにAクラス翻訳者がいくら時間をかけてもAクラスの訳文にはならない。Aクラスの訳文にするためには、Aクラス翻訳者が原文から訳文を作るしかない」と言っていました。至言だと思います。

作業時間や訳文の品質以外にも、機械翻訳ソフトの出力文を大量に読んでもターゲット言語の感覚が狂わないためには、その言語能力が非常にしっかりしている必要があります。そういった翻訳者としての基礎体力がつかないうちに機械翻訳ソフトを利用すると、翻訳者としての成長が遅れる危険性もあると思います。

いろいろと文句のようなことを書きましたが、もともと目的の違うソフトを下訳用に流用するとしたら、ということですから、あまり高度なことを望むこと自体が間違っているとも言えるでしょう。

★翻訳支援ソフト

上記のように、あくまで訳文を作るのは翻訳者の仕事として、その仕事の支援用に作られたのが翻訳支援ソフトです。コンピューターマニュアルのローカライゼーションなどでは、かなり使われるようになっているようです。

機能的には、そこそこのものがあり、LAN環境ならば、キーとなる翻訳者の訳文を他の翻訳者が活用して品質を揃えるなども可能です。また、改版時には、前回の原文・訳文データベースを使えばかなりの部分は翻訳作業なしですむこともあります。

ただし、世の常として、いいことだけではありません。

まず、かなり高価格です。最低でも20〜30万円が必要だったりします。また、インターフェースが使いにくい、という人もいます。特定の翻訳支援ソフト使用を前提とした翻訳会社経由のジョブでは、データベースの内容とマッチした部分は翻訳料金が安かったり無料とされてしまったりするそうです。でも、少なくとも一定の操作は行う必要がありますし、翻訳する部分の前後関係を把握するためには完全一致で無料のところも読んで内容を咀嚼する必要があります。

業界の流れとしては、ローカライゼーション分野では今後、普及していくと思います。ですから、ローカライゼーション分野で仕事をしていくつもりなら、少しずつ慣れておいた方がいいかもしれません。また、繰り返しの多い文書を受けることが多いなら、個人でも導入する意義はあるかもしれません。

ただし、翻訳支援ソフトは、かなりのコンピューターパワーを必要としますし、ハードディスクへのアクセスも頻繁に行われるので、バッテリー駆動のモバイル環境での利用は困難でしょう。

★簡単な環境なら自作することも……

訳文の入力スピードアップのための工夫やクライアント毎の指定用語による統一程度のことであれば、エディタのマクロプログラムによって自作することも可能です。ある程度のプログラミングの知識が必要とされるので誰にでもできる方法ではないかもしれませんが、「さらなる発展を目指して」で取り上げる予定にしています。

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