この「講座」は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて連載されているものを、著作者の許可を得てウェブ上に転載したものです。

この「講座」内容に関連する質疑応答は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて受け付けております。

講座内容についてのご質問がある方は、どうぞ、上記会議室においでください。

3.9 仕事の仕方の工夫

受注したら、あとは、翻訳して納品する「だけ」……といっても、もちろん、ここの作業が「翻訳者」たる部分ですから、ここは、とっても重要ですよね。

仕事の仕方っていっても、原文読んで、訳文を入力して、不明点は調査し、間違いは訂正して、納品する……ここに、二足の草鞋も専業翻訳者も違いはありません。

「2.3 翻訳に対する姿勢」でも書きましたが、二足であろうがなかろうが、以下の点は最低限、必要なことだと思います。

二足と専業の違いは、二足の草鞋で時間的制約が厳しい中、どのようにして、この作業を無理なく進めるか、という点でしょう。

★いつ、どこでやるか−すきま時間の活用

二足の草鞋を履いている人の大多数は、夜、会社から帰宅後にパソコンに向かって翻訳を行っているだろうと思います。でも、私は、「週末はやらない、家ではやらない」を原則として二足の草鞋を履いていました。いつ、翻訳をしたのかって?……通勤電車の中と昼休みが中心です。朝は、早く家を出て、近くの駅から始発電車に乗り、帰りは、折り返し乗ってみたり快速と並行して走っている各駅停車に乗ったりして、座席を確保しました。座って、膝の上にノートパソコンを広げれば、「どこでもオフィス」で仕事ができます。昼休みは、会社の人が来そうにない(これが大事^^;)、喫茶店を探して、コーヒーを飲みつつ、仕事をしてました。

もちろん、この方法は誰にでも勧められるものではありません。でも、打ち出した訳文に赤ペンを入れる作業くらいは、通勤時間にできるはずです。関連資料のチェックも、通勤中にできます。軽いサブノートパソコン(1キロ台の前半)なら、昼休みに喫茶店に持っていくことも、それほど大変ではないはずです。

要は、「すきま時間の活用」です。

通勤時間、会社の昼休み、外回りがある仕事ではアポの時間調整が必要な場合など、いろいろなところにすきま時間があります。1週間くらい、すきま時間をメモしてみてはいかがでしょうか。特に大都市で会社勤めをしている場合、意外なほど、すきま時間があったりします。

こうやって、すきま時間に翻訳をしようと思うと、あっちの本とこっちの本をひっくり返して……というような形はなかなか取れません。原稿とパソコン、そして、パソコンに搭載した電子辞書だけで、かなりの部分までは仕事ができることが望ましいと思います。そのためにも、専門分野を作り、その分野に特化した形で仕事をとることが望ましいのです。専門と言える分野なら、アレコレ調べる必要も少なく、基本的なところは、参考資料なしでも進められるハズです。出先で確認したいことが見つかったら、訳文中に印を入力しておいて、あとでチェックします。

★スピードアップ

限られた時間である程度の量をこなすために、どうしても必要なのが、スピードアップです。

翻訳作業のうち、比較的簡単にスピードアップできるのは、以下の項目でしょう。

原文を読んで訳文を作るのに時間がかかりすぎる、というのは、翻訳者としての基礎体力が足りないのですから、これはもう、OJTでもなんでも、たくさん訳してトレーニングを積むしかありません。一方、パソコンなどのツールで省力化、スピードアップできるところは、どんどんしていくべきでしょう。

・辞書引きのスピードアップ

紙の辞書を電子辞書にかえると、辞書引き速度が速くなります。HDDの容量が許す限り、たくさんの辞書を載せ、一括検索すると、驚くほど能率が上がります。念のため、というような確認の辞書引きも気軽にできるようになるため、間違いも減らすことができます。

辞書引きツールはいろいろとありますが、EPWING規格では、DDWIN(Windows系)と書見台(マック用)が、翻訳者の間では人気のようです。こういった辞書は、エディターなどからマクロを使用すれば、キーひとつで複数の辞書を検索することが可能になります。

EPWING規格以外の独自規格の辞書は、専用の検索ツールがついてきます。こういった辞書は、エディターやワープロソフトと連携不可能なものも多く、ひとつひとつ切り替えては単語を入力(少なくともクリップボードから張り付け)していく必要があります。複数辞書をいっぺんに検索するためにも、できるだけ共通規格で辞書を出してほしいものですが、この話は二足の草鞋から離れてしまうので、割愛します。

・IMEの工夫

IMEというのは、日本語変換を行うソフトのことです。いくつか市販されており、個人的な好みなどから「このソフトがいい」という人も多いのですが(はい、私はもう、13年間ほど、ず〜と、ATOKを使ってます)、まあ、それほど気にすることではないと思います。要は、慣れることと、自分向けにカスタマイズすることです。

カスタマイズといっても、難しいことはありません。よく使う単語を登録していくのです。フツーによく使う程度の単語は完全な読みで、ホントによく使う単語は短縮した読みで登録します。私のATOKでは、「せと」を変換すると「発電所」となります(私はかな入力なんですが、英単語の略になるキーを短縮読みとして使う、ということをよくします。ちなみに、「せと」は「Power Station」です)。

よく打ち間違いをする単語も、登録しておくと便利です。私の場合、「まする」→「ます。」、「あるる」→「ある。」なんかが入っています。「。」の入力の際に、左小指のシフトキーが間に合わないことが多いからです。

IMEは、他にも単文登録とか、いろいろな機能を持っていたりします。一度、マニュアルを読んでみて、利用できそうな機能をチェックしてみるのもいいでしょう。

・エディターの使用

私は、どうしても必要な場合以外、Wordや一太郎といったワープロソフトではなく、エディター(秀丸が中心。grepと印刷はWZエディター)を使っています。エディターは、文字修飾などの機能がない分、動作が速いからです。バッテリーによる駆動時間を長くするために、パソコンのクロックを遅くしていたことも、重いワープロソフトを使いたくなかった原因のひとつです。

一般的な産業翻訳ではテキスト納品が多いため、多くの場合、エディターだけでも仕事ができます。ただし、最近のコンピューター業界では、Wordで文字修飾や書式を保持したままの仕事も増えているようです。そういう仕事の場合は、遅くてもがまんしてWordで仕事をするしかないでしょう。

・エディターやワープロの使いこなし

エディターにせよワープロソフトにせよ、いろいろとユーザーが動作を設定できるようになっています。こういうところも、ときどきのぞいてみて、自分がよく行う作業が簡単にできないか、考えてみるといいでしょう。

(以下、ウィンドウズ系のソフトなら、たいていは同じだと思います。マック系もだいたいは同じハズです。というより、ウィンドウズがマックの真似をしたんですが... ともかく、私自身はマックをほとんど使っていないので、違っているところもあるかもしれませんm(._.)m)

カーソル位置の移動は、マウス以外に、矢印キーでも行えます。このとき、Ctrlキーを押しておいて矢印キーを押すと、左右なら単語単位的な動き、上下なら数行まとめて動きます。

また、文章のある範囲を選択するとします。もっとも一般的な方法は、マウスの左クリックでカーソルをドラッグしていく方法でしょう。これしか知らない方は、一度、ダブルクリックでドラッグ(2回目のクリックのとき、左ボタンを押し下げたままでカーソルを動かしていく)してみてください。エディターとワードで若干、動作は違いますが、単語単位的な動きで、一度に選択されていくソフトが多いはずです。私は、このやり方を中心に使っています。

キーボードから手を離したくないという人は、Shiftキーを押しながら矢印キーでカーソルを動かすと、範囲選択を行うことができます。これも、ShiftとCtrlを押した上でカーソルを動かすと、単語単位で選択できます。

コピーアンドペーストなど、いちいち、ドロップダウンメニューからコマンドを選択していませんか? 使用頻度の高いコマンドは、たいがい、ショートカットキーというものが割り当てられています。クリップボードにコピーはCtrl+C、ペーストはCtrl+Vなどです。ショートカットキーを使う方が、圧倒的に速く処理できます。自分がよく使うコマンドにショートカットキーが割り当てられていない場合は、自分で割り当てることも可能なはずです。ソフトのヘルプなどを見てみてください。

翻訳、特に技術系の翻訳をしていると、同じ単語が繰り返し出てきます。毎回打ち込むのも面倒ですしタイプミスも発生します。でも、クリップボード・コピーを利用するとしても、いちいち、前にさかのぼってその単語を探していたのでは、打ち込んだ方が速いことにもなりかねません。そういう場合、エディターのクリップボード履歴(この名称は秀丸のもの)が便利です。それまでにクリップボードにコピーした単語が一覧表示され、そこから選んで文章に張り付けることができます。ワープロソフトなどで、このような機能が提供されていない場合は、ニフティなどからダウンロードできるフリーウェアで、クリップボード拡張というような名前で便利ツールが提供されています。

翻訳をしていて、「前に仕事で出てきたなぁ」とか、「翻訳フォーラムで話題になっていたような気がする」などと思うことがあります。そういう場合は、grepという複数ファイルの内容を検索するツールを使用します。これは、テキストファイルの内容を検索するものですから、エディターとの仕事の方が相性がいいツールです。エディターには、たいがい、この機能がついています。grepは、WZエディターのものが気に入っています。検索した部分の前後も、簡単にみることができるからです。

あと、正規表現というものが使えると、検索や置換の応用範囲が広がります。

・マクロの活用

エディターやワープロソフトのマクロを活用すると、効率を高めることができます。

簡単なプログラムが書ける人なら、自分でマクロを作成することもできます。そこまでできなくても、各種フォーラムなどでフリーウェアとしてマクロが提供されていたりしますから、そういったものを探してみるのもいいかもしれません。ただまあ、翻訳作業に便利なマクロというのは、あまり提供されていなかったりするんですよね...

・翻訳支援環境の構築

マクロだけでも、一種の翻訳支援環境を構築することが可能です。私も、よく出てくる単語の一括置換などを行う環境をマクロで作っており、繰り返し仕事をもらうクライアントや分野、大きな仕事などの効率は、かなり高くなったと思います。

エディターやワープロソフトの使いこなし術を細かく説明していくと、それだけで本が1冊書けてしまいますから、二足の草鞋講座では、ごくごく入り口の紹介にとどめます。機会があったら(ホントのところは、時間があったら... ですね)、使いこなし術講座も書けたらいいと思っていますが、あまり期待しないでくださいね(^^;)

★品質の安定

仕事の仕上がり品質が大きくぶれるのも問題です。もちろん、専門分野の一番中心に「はまった」仕事が、品質も一番よくなり、そこからはずれるほど品質が落ちるのは仕方のないことです。しかし、それ以外の理由による品質低下やぶれが発生しないように気をつけましょう。

品質がぶれるというのは、非常に大きなマイナスです。訳文が90点の時と40点の時がある人では、安心して仕事を任せられません。翻訳者が訳文を提出するのは、客先納期まで、もうあまり時間が残っていないときです。その時点で40点だったら、もう、あとは大変な作業になります。むしろ、60点で安定している方がいいかも知れません。後処理の時間が読めるからです。(もちろん、90点安定型なら、いうことはないんですが^^;)

・読み直し、手直しを行う

こんなの当然だよ、と思う方も多いでしょう。でも、この処理を行わない、または、きちんと行えない人も少なからずいるようです。

私が翻訳発注側にいた時、日本語の誤変換がボロボロある(A4 1ページに数カ所以上)訳文が、何度も納品されました。誤変換なんて、一回、読み直していれば、そのほとんどに当然気づいていいはずの間違いです。もちろん、人間ですから、見落とすことがないとはいえませんけど、あれだけ多くては、読み直していないとしか思えません。(それをチェックできなかったorしなかった翻訳会社も翻訳会社ではありますが)

紙に打ち出しておけば、通勤途中の電車内や電車待ちの時間に、赤ペンを入れることができます。二足だから時間がとれないというのは、言い訳にしかなりません。プリンタを持っていないとか、プリンタが遅くて打ち出すのに時間がかかりすぎるというような人は、すぐに新しいプリンタを買ってください。フォント内蔵のレーザープリンターでも、ほんの何万かで買えるんですから。

日英翻訳の場合は、最低限、スペルチェックをかけてください。どんなに時間がなくても、これだけは、最低限やっておく必要があります。

・専門用語は、最初から最後まで統一した訳語を使用する

ちょっと長くなると、前の方と後の方で訳語がばらける人がいます。こうなると、読んでいる方は、前に出てきた他の単語と同じものを指しているのかいないのか、迷ってしまいます。

「読み手が迷う」というのは、1ヶ所ではたいしたことはなくても、それが重なると、非常に読みにくく、「悪文だ」と思わせる原因になります。同じ単語を使うというような機械的にできることは、最低限、必ず行うようにしましょう。

無精せずに、前半の訳文を検索し、その単語をコピーして使います。よく使用すると思われる単語を別ファイルにコピーしておき、一覧性を高めておくのもいいでしょう。複数ファイルを開くのは面倒だと思うかもしれませんが、主だったエディターには、複数ファイルを関係づけ、一度に開いたり閉じたりする機能があります(秀丸ならデスクトップ保存、WZならプロジェクト)。上述のクリップボード履歴とかクリップボード拡張なども有効です。私自身は、秀丸のマクロを作って処理しています。

前のページ 次のページ

「二足の草鞋」目次トップページに戻る