この「講座」は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて連載されているものを、著作者の許可を得てウェブ上に転載したものです。

この「講座」内容に関連する質疑応答は、@nifty「翻訳フォーラム・アドバンスメント館(FTRAN2)」の第13会議室「翻訳JOB応援会議室」にて受け付けております。

講座内容についてのご質問がある方は、どうぞ、上記会議室においでください。

3.7 受注の仕方

いよいよ、翻訳会社のコーディネーターから仕事の打診を受けるようになります。
本当の意味で、二足の草鞋のスタートです。

★仕事の打診が来るまで

登録してすぐに声がかかることもあれば、1年も音沙汰がなかったのに突然話が舞い込むこともあります。登録してすぐ声がかかるというのは、よっぽど優秀だったか、その会社が必要としている分野が専門だったか、はたまた、ホントにたまたまというラッキーな場合だったかでしょう。今現在、売れっ子になっている翻訳者でも、たいていは、「トライアルに合格して登録はされたけど、仕事の打診が来ないよぅ〜!」という、モンモンとした経験を多少なりともしているものです。

仕事の打診がこないなぁ、と思うなら、「営業」をかける手もあります。電話でもいいでしょう。「こういう分野で登録されているが、この分野の仕事は、今、どういう具合でしょうか」というふうにでも聞いてみたらいいと思います。翻訳会社には、あなた以外にも、つぎつぎと登録されていきます。時間がたてば忘れられる、しつこくすると嫌われる……兼ね合いが難しいんですよね。相手によっても違うし。トライアルアンドエラーでやってみるしかないでしょう。

そうそう、お盆の時期なんかは、「いつもの」翻訳者がお休みで、コーディネーターが困っていることもあります。こういう時期にご用聞きの電話が入れば、「頼んでみようかな」と、思う「カモ」しれません。

★仕事の打診が来た!

最初は、打診が来ただけでうれしいものですし、断るとその後声をかけてもらえなくなるのではないかという心配もあるものですから、何でもかんでも受けてしまう人もいるようです。でも、ちょっと待ってください。

できもしない仕事を受注してしまえば、苦しみ抜いたあげく、不十分な訳文しか提出できないでしょう。翻訳会社の段階で、訳文が不十分であることが判明すれば、客先納期までの間になんとかリカバリーしようと、翻訳会社はあたふたすることになります。不十分な訳文を気付かずに客先に納品すれば、クレームになるかも知れません。

私がコーディネーターなら、その翻訳者には2度と声をかけません。分野によってはいい翻訳者なのかも知れませんけどね。でも、できるかできないかの判断がつかない人に仕事を発注するのは、くじを引くようなものであてにできませんもの。次に新人向けの仕事が発生したら、別の新人さんに振ってみて、信頼できる人を探そうとするでしょう。

翻訳という仕事、特に、翻訳会社経由の仕事の場合、受注を決めたら仕事の半分は終了だと思います。受注する前には、内容と量と納期などから、できるかできないか、やるかやらないか、いろいろと考え、必要に応じて問い合わせ・確認を行い、場合によっては納期のネゴなどを行い、最終決断する必要があります。受けてしまえば、あとは、やると約束したことをやるだけです。

この受注前の判断では、3.1節、「一足目との両立」で書いた、以下に再掲する項目が重要になります。

  1. 自分の翻訳速度を正確に把握する
  2. 量が多い場合は減らしてもらう、または断る、という勇気を持つ
  3. 原稿を見て、その難易度と翻訳量を見積もる目を養う
  4. 専門分野を持ち、なるべくその分野の仕事に集中する
  5. 翻訳スピードを高める工夫をする
    (重要度順不同)

これらを予め頭に入れておいて、以下の事項を確認して、受注するかしないかの判断を行い、回答します。

1. 内容 −分野と概略の内容
(先方が間違っていることあり。題名くらい確認すべき)
2. −ページ数が原文なのか仕上がりなのか確認を忘れずに
(仕上がりの場合、10〜20%の見積もり誤差があり得る)
(原文でも、詰まり具合で倍半分くらい違うことがある)
3. 納期 −自分のスピードで間に合うか、暗算
4. 納品形態 −テキストでいいのか、文字修飾や表の入力もするのか
(+αの時間を見込む必要があるのかないのか)
5. その他 −図表はタイトルのみか中身までか
(図表の中身の部分は、量は少なくても時間がかかる)

以下、受注前判断に関する各項目を説明します。

1. 自分の翻訳速度を正確に把握する

これができていなければ、とても二足の草鞋など履いていられません。納期までのスケジュールを思い浮かべ、翻訳にかけられる時間を見積もり、それに自分の翻訳速度をかけたものと仕事量を比較してみるわけです。

できるかどうかの判断に、どうしても必要なことですから、時間を計りながら翻訳を行い、自分の速度を把握しておいてください。

単位は、1時間当たりの仕上がりページ数か原語ワード数、どちらでも構いません。ただ、翻訳会社などでは、ターゲット言語側の仕上がりページ数で数える方がまだ主流のようですから、そちらの方がいいかも知れません。原文が電子データでもらえることが増えているコンピューター関係では、むしろ原語ワード数の方がいいかも知れません。

翻訳速度は、分野や難易度によって、大きく変化します。その辺りも気にしながら、自分の翻訳速度を把握してください。

2. 量が多い場合は減らしてもらう、または断る、という勇気を持つ

自分の処理速度から見て、納期に間に合いそうにない、またはあまりにぎりぎりであるという場合、一部だけを受注し、残りは他の人に回してもらうか、または、思い切って断る必要があります。

特に駆け出しの頃は、断ることが怖く、無理を承知でつい受けてしまうことがあります。でも、納期に遅れれば断る以上に大きなバツ印がつきますし、納期を気にして品質が低下すれば、これまたバツ印がついてしまいます。

翻訳関連の雑誌などに、ときどき、翻訳コーディネーターへのアンケート調査が載っていたりします。納期遅れは、翻訳者の善し悪しを判断する主な項目のひとつとして、必ず登場します。やると約束したことはやる必要があるのです。また、やれないことをやると約束してはいけないのです。

断る勇気を持ちましょう。

3. 原稿を見て、その難易度と翻訳量を見積もる目を養う

さて、受注して、原稿が来た……スタートする前に、原稿にざっと目を通しましょう。分野や量はコーディネーターから聞いた通りか、難しすぎないか、この難度でこの量で納期までに仕上げられるか……

分野や量は、翻訳会社のコーディネーターが正しく把握しているハズ、というのは、甘いです。コーディネーターも人の子、間違いがあります。私も、「地熱がどうした」というから自分の専門のエネルギー分野だと思っていたら「温泉地の観光ガイド」だったことや、「環境」と聞いていたら「ある化学物質が人体に及ぼす作用」で医薬というべき文書だったことなどがあります。分量も、10%や20%ずれることは普通ですし、ひどい場合には、聞いていた量の倍以上だった、なんてこともあります。

ですから、原稿にざっと目を通し、ヤバイと思ったら、すぐになにがしかの対応をとりましょう。分野があまりに違う場合は、他の人に振ってもらうのが一番です(上記、「環境」→「医薬」のときは、そうしました)。納期も、多少、調整してもらえる場合があります。

量については、原語のワード数から見積もります。英日なら、原語100〜140ワードくらいが日本語の400字になります。幅があるのは、カタカナ語の多少や文体(です・ます、である、など)、自分の文体が簡潔か冗長かなどによって異なるからです。この数値も、自分の場合について把握しておくと、あとあと便利です。

ただ、紙に印刷されている原稿の場合は、ワード数のカウントが大変です。そんなもの、いちいち数えている暇があったら、どんどん翻訳を進めた方がいいですよね。

こういう場合は、えいや、で見当をつけます。A4用紙の左端から右端までが1行という形式で英語が書かれている印刷物なら、まあ、だいたい、A4 1枚が日本語400字3枚くらい、2段組になっている(A4の左半分と右半分の2段に印刷されている)場合は、A4 1枚が日本語400字4枚くらいになります。ただし、図表がない場合です。図表がある場合は、テキスト部分が2/3枚……という具合に数えていきます。図表の内部も翻訳するなら、テキストの量としてこのくらいと思う量+αと数えていきます。なお、字の大きさなどによってもこの換算は異なりますから、ここで紹介した数値を出発点として、自分の感覚を磨く必要があります(字が細かいな、と思ったら、原文1枚あたり、仕上がり1枚くらい多くなります)。

4. 専門分野を持ち、なるべくその分野の仕事に集中する

これは、先の3.2節、「専門分野」で検討したとおりです。

二足の草鞋で時間の制約が厳しいとなれば、新しい分野の仕事を調べながら仕事をするのは困難です。専門分野を決め、なるべくその分野の仕事に集中しましょう。違いすぎる分野の仕事は断る勇気を持ちましょう。

5. 翻訳スピードを高める工夫をする

限られた時間の中で翻訳をするわけですから、翻訳スピードは速い方が有利です。もちろん、処理量が多い方がたくさんこなせて、収入も増えますからね。でも、なによりも、発注側の論理として「処理量が少ない人は使いにくい」という、切実な問題があります。ある程度の量をこなせるスピードが身につかないと、安定的に受注することは困難なのです。

これについての詳細は、またあとで。

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